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それからのパパとあたし。
12年間付き合ったパパと、北海道お別れ旅行から帰ってきて明後日で1ヶ月。
12年間のうち、最初の10年間はほぼ毎日のように一緒にいた。
なんかもう遠い昔のようだ・・・。

この1ヶ月間、あたしとじゅんちゃんは1度大きな別れ話をしたものの、
失う事の辛さを身に沁みて感じて、翌日にもう1度ちゃんと話し合いをしたのち復活。

そんな感じでちょとした波風はあるものの、
かなり平穏無事でゆったりとした幸せの中で日常を過ごしています。

この1ヶ月間、パパとあたしは約束通り1度も逢わず。
メールは業務連絡として仕方のない内容が3~4本。
電話も必要な内容だけが、あたしから1本のみ。

"月に1度程度でいいから生存確認メールが欲しい"

そうあたしからお願いしたワガママ。
帰る場所も行く場所もないパパに別れを告げるという重圧。
背負う黒い十字架。
これは今後一生あたしについて回ると思うし、それは自分の責任なんだと思う。

本音というか弱い部分で本音を言うなら、月に1度は食事でもしながらちゃんと顔が見たい。
そうして安心する事によって、あたしは自分自身が救われるから。
ズルイよね。卑怯だよね。
パパの事が心配なんじゃなくて、自分が自責の念に捕われたまま苦しむのが嫌で、
それから開放されたくて、だから月に1度ちゃんと顔が見たい、だなんて。

どこまであたしは自分勝手な女なんだ。
でも、「こんなあたし」に気付けたから少しは進歩しているよね?
少なくとも人のせいにするような事は無くなったから・・・。(単に正当化しているだけ?)

できれば自分自身の精神的負担軽減のために、月に1度パパの顔が見たい。
(おおっ、卑怯な部分を素直に言えた・・・)

だけど逢わない事を決めたのは、これをちゃんとしたホンモノの別れにしたかったから。
この12年間、何度も何度も「別れたり復活したり」を繰り返してきてズルズルしてきた。
イヤイヤ一緒にいたわけじゃなく、もちろん「好き」という気持ちもあったからなんだけど、
少なくとも一緒に暮らし始めた20歳からこの7年間は、
一緒に過ごす覚悟も別れる覚悟もできないまま苦悩ばかりの日々だったから・・・。

パパの弱さも自分の弱さも知っている。
だから、別れたらもう逢わないという事を決めた。

逢って顔を見ていると、「申し訳ない」という気持ち(負い目)のせいで、
パパが寂しそうな顔とかすると、あたしはきっと体を許してしまう・・・。
そうなると、結局はズルズルとしてしまう・・・。
他にちゃんとお付き合いしている愛する人(じゅんちゃん)がいても、
下手な情とか自分の弱さのせいで、断ち切れなくなってしまうから・・・。
それを、自分が一番よく知っているから・・・。
(実は全く同じ事をじゅんちゃんにも指摘された・・・)

血の流れない革命はない。
あたしは血を流して革命を起こすという覚悟を決めたんだ。

綺麗になんて別れられるわけがないよね。
だって12年間も一緒だったんだもん。
心に十字架を背負いたくないなんて、そんなのは単なる甘えだよね。
そんな辛さも受け入れる覚悟をあたしはしたのだから・・・。
誰のせいでもない、自分自身のせいでこうなったんだから・・・。

勝手に家を出てきたパパが悪い!
なんて昔はそう言っていたんだけど、悪い原因はどちらにもある。
2人が上手くいかなくなる原因に、片方だけの原因だなんて有り得ない。
責任転嫁してしまえば気分は楽になる。
パパが悪い。あたしは悪くない。だから別れを告げても当然なんだ。とね。
でもそれじゃ、なんの進歩もないよね・・・。
2人の歴史は2人のもの。
それは良い歴史も悪い歴史も、全部全部。
だから、それらから生じる苦しみも辛さも2人で受け入れなきゃいけないんだ。
パパだけのせいには出来ない。
都合良く思われてしまうかもしれないけど、これがあたしの誠意―。


今後「絶対的な用事」がない限りには金輪際もう逢わない。


パパはどう思っているだろう?
サランはそんなに冷淡な女だったのかと思っているだろうか。
それとも表には決して出さないこの葛藤に気付いてくれているだろうか―。


HPはコチラ ⇒ **ESCAPE**
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2007/06/24 | 不倫12年目のパパとの事 | Comment(0) | Trackback(0)
さようなら、パパ
パパとのお別れ旅行も無事に終わり、今は落ち着いた日々を過ごしています。
パパとのお別れの時に、いろいろな諸事情があって決めたのは

あたしが夜の仕事を辞める

という事でした。(mixi会員さんはそちらをどうぞ)
そして実際、今は昼間の仕事を探しています。
決して引退するという意味ではなく、昼間の仕事で無理があるようなら、
サクッと夜の業界に戻るつもりでもいて、
それはじゅんちゃんもパパも了承済みの事です。


北海道旅行は…正直しんどかった。

あたしの気持ちは日に日に離れて行く一方で、
パパはあたしとの別れを渋々納得した側だから、
どうしてもそこで2人が上手く行くわけが無い。

しかも、広島に戻ったら理由がない限りには二度と逢わない。
そう決めていたわけだし、そんな状況で北海道旅行なんて…やっぱり無謀だった。
誘われた時、最初は軽い気持ちでOKした。
事あるごとに、今までたくさんの国内旅行をしてきたあたしとパパ。
今回はパパの50回目の誕生日と2人のお別れを兼ねて、記念に残る旅行をしよう!
っていう話だったから、それくらいなら問題ないな、と思っていたの。
でもね…やっぱりあたしは浅はかだったみたいです。

精神的にしんどかった。
あくまでも「友達としての旅行」だったんだけど、
お互いが「友達」だと思っているわけじゃないじゃない?

あたしの気持ちは冷めてしまった。
パパの気持ちはまだあるけど「友達」として接しようと努力している。
けど、時々は手を繋いでこようとしたりするわけですよ。
それに対して苦痛を感じるあたし…。
全然「友達としての旅行」じゃないじゃん…。

別に、パパに「セックスしたい」とかいう下心があったとは思えない。
ただ純粋にあたしの事がまだ好きで、
別れる日が徐々に迫ってくる事に対して寂しさを感じてしまい、
思わず手を握ってきたりしたんだと思うのね。
そこは12年間付き合ってきたから、パパの性格として分かる。

今までのあたしなら、手を繋ぐぐらいなら…とか思って、
きっと許してきたと思うんだよね。
でももう今のあたしは違った。
手を繋ごうとしてきても、それをサッと交わすようになっていました。

気持ちがもうパパにはない、というのもそうだけど、
曖昧な態度を取ると、別れるに別れられなくなりそうで、
自分の心を鬼にして、最後まで冷淡で潔い女を演じ続けていました。
それが、きっと今後の2人に繋がると信じていたから。

繋いできた手をサッと交わしたあと、パパはすごく寂しそうな顔をした。
その顔を見るたび胸がチクンと痛んで…本当に苦しかった。
これが最後なんだもん。
できれば我慢して手ぐらい繋いであげたかったけど…
やっぱりダメなんだよ、って自分に言い聞かせて、パパにも同じ事を言って…。

その時のあたし、もう何の迷いも不安も曖昧さもなかった。
自分でも驚くぐらいに。
今までの、優柔不断で優しさを装った曖昧さを出そうとするあたしなら絶対に考えられない。
けど、それだけこの別れをホンモノにしたかったし、
それだけじゅんちゃんへの想いが強かった。

すごいよね。
人ってこんなにまで変われるものなんだ。

自分で自分の変化に一番驚いています。



広島に帰ってきて、我が家にあったパパの荷物をまとめて車に積んで…
そうしていつものように職場まで送って行きバイバイしました。
車の中でパパは泣きそうな感じだったけど、
あたしは何も言わず、泣きそうな表情にもわざと気付かないフリをしていました。
何かそういう事を喋ると、自分まで泣いてしまいそうだったから。
ここは精一杯の強がりです。

バイバイまたね。

そう言って車を降りたパパの目は潤んでいました。

バイバイまたね。

そう言ったあたしは努めて笑顔でいるようにしていました。


小さくなっていくパパの姿をバックミラーで確認しながら、
あたしは木陰に車を停めて号泣しました。

さようなら。
さようなら。
大好きだった人。

この12年間、楽しい事ばかりじゃなくてツライ事も多かったけど、
それでも出逢えて良かったと思えるし、
そんな過去があるからこそ、今があるんだと感謝の気持ちでいっぱいです。


ありがとう、パパ。
さようなら、パパ。


HPはコチラ ⇒ **ESCAPE**
2007/06/01 | 不倫12年目のパパとの事 | Comment(2) | Trackback(0)
決断のとき。
突然ですが、あたしとパパは別れる事になりました。

mixiではパパとの事を少し書いていたのですが、
ここで書くのは初めてになるので驚いている人もいるかと思います。
…ってか、しばらく放置が続いていたから見てくれている人いるんだろーか。(;´Д`)

別れようと思ったキッカケは、アジア滞在時に出逢った人々の影響。
あたしが訪れた国って旅行するような国じゃないから、
わざわざその国のためだけに旅行に出かける人(あたしみたいな人)は少なくて、
現地で出会った日本人の9割以上が世界旅行中の真っ最中でした。
(っていうか、日本人だらけでした)

その世界旅行中にクチコミで『あそこがいいらしい!』という情報を嗅ぎつけて、
杏の花が満開になる時期を狙ってバックパッカー達が北上してくる…という地域なのです。

30人近い日本人バックパッカーに出逢って話を聞いたりしていたんだけど、
みんな年齢は20代後半~30代前半ぐらい。
男性1人の世界旅行が8割、夫婦世界旅行中が1割、女の子同士が1割…みたいな感じ。
話を聞いてみると、みんな一旦仕事を辞めて世界旅行をしていました。
分かり易く言うと"セミリタイア"っていう感じです。
仕事をしていたけど人間関係やらに疲れて、
それまで貯めていたお金を持って世界一周の旅に出てきちゃいました!みたいな。
費用は300万、期間は1年半~2年という人が圧倒的に多かった。

仕事を辞め俗世間から離れ、1人気ままに世界一周をする。

すごい勇気と行動力だと思う。
単純に「旅が好きだから」っていう人もいたけど、
ほとんどの人が何かしらの"しがらみ"から抜け出したくて旅行を決意したような感じだった。
違う世界をたくさん見て知って感じて、自分の見聞を広げる―。

そこで出逢ったバックパッカーのみんなは本当に幸せそうに毎日を過ごしていて、
何にも捕われずに自由に自分らしく伸び伸び生きている姿を見ていると…。

あたしの人生って一体なんなんだ?

なんて思うようになってしまって…。

*******************************************************

アジアに4ヶ月滞在している日本人男性と知り合ったけど、
彼の暮らしっぷりを聞いていると本当に羨ましくなる。
日本に帰っても家が無いらしく、結局ずっと放浪しているんだけど、
何もかもから解き放たれたというか、
あたしには真似できない【自由と孤独】を持っているような人だった。
ちなみにその彼は、アジアでの滞在費1ヶ月150$を理想としていて、
でも今月は130$で済みそうだと笑って言っていました。
130$って…日本円で15,000円程度。
これといった欲もなく、ただ目の前の素晴らしい景色に囲まれて、
必要最低限のご飯を食べ、散歩して、昼寝して、時々踊って、
そしてまた星空の下、静寂な夜を過ごす。
何にも囚われず。

いいね、そんな生活。
これって、単なる無いものねだりなのかなぁ?
でも、あたしも出来ることなら全てを捨てたい。
世の中のしがらみ一切を断ち切って、心の赴くままに自分らしく自由に生きてみたいと思う。

(mixiの日記より一部抜粋)
*******************************************************

これは現地から書いた日記なんだけど、決定的なのはコレかな。

自分の幸せってなんだろう?
自分の今後の人生ってやっぱりパパに縛られたままなんだろうか?

そんな事ばかり考えるようになってしまって…。
パパの事は決して嫌いじゃない。
けど、やっぱり20歳で我が家に突然転がり込んで来てからというもの、
この7年間あたしは義務と責任と苦痛ばかりを感じてきていたのです。
もちろん、好きじゃなきゃ7年間も我慢できない。
だけど、今後のあたしの人生はまだずっとこのまま続くのだろうか―。
そう考えた時に、とてつもない不安と恐怖と「お先真っ暗感」があったのです。

突然に家を出てきて荷物1つで我が家に転がり込んで来たパパ。
あたしはそんな行き場のないパパの人生を半分背負ってしまった。
だけど…もう無理なんです。
あたしはあたしのための人生をちゃんと歩みたい。
誰にも何にも捕われる事なく、自由に自分らしく生き生きと…。

別れる機会は過去に何度かあった。
けど別れる事ができなかったのは、自分の弱さと卑怯さのせい。

【パパと別れる=パパを傷つける=パパは行き場がない=あたしは不安と心配が続く】

パパの事が心配なんじゃない。
パパを傷つけてしまう事によって、自分が黒い十字架を背負うのが怖かっただけ。
だからそこから逃げるようにズルズルと12年も過ごしてしまった。
もちろんラブラブでいい時期もあったんだけど、
12年間のうち半分以上は、苦悩や疑問を抱えたまま見ないフリをする日々だった。

だけどあたしは気付いてしまった。
もうこのままじゃダメなんだ。
あたしのためにもパパのためにも…今がもう潮時なんだ。

あたしは黒い十字架を背負う覚悟をしたのです。
きっとこの黒い十字架は、ずっと背負って行かなきゃいけないんだろうと思う。
でも、どこかで何か大きなキッカケがなきゃ、きっとあたしはまだズルズルしていたはず。

もうそろそろ逃げるのは止めようよ!

だいぶ遠回りしてしまったけど、やっと本当に大切な事に気付く事ができた。
自分の幸せは自分で決める。
誰かに決められるものでなければ、誰かに阻害されるものでもない。
あたしがこれから大きく羽ばたくためには?パパがいちゃダメなんです。
"開放"という表現はとても嫌だけど、でもやっぱりある意味で"開放"なんです。

逃げて逃げてここまで来たけど、もはやここまで。

もうそろそろお互いに別々の人生を歩む時が来たよ。
もうずっと前から解っていたのかもしれないけど、
二人とも弱いから見たくなくて見ないフリをしていたんだよね。
現実を見ちゃうと怖いから。怖いのに動き出せない弱さを知っていたから。


来週は、パパとお別れ旅行に北海道まで行ってきます。
本当にもうお別れするんです…。


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2007/05/15 | 不倫12年目のパパとの事 | Comment(4) | Trackback(0)
11年目のポインセチア
私の心は燃えている

今年もやってきた。ポインセチアの季節。
去年の今頃ここでポインセチアについて日記を書いてたんだね。懐かしい・・・。
去年の日記はコチラ ⇒ 10年目のポインセチア


16歳のクリスマスにパパからポインセチアを貰った。
初めてパパと一緒に迎えたクリスマス。


『ポインセチアの花言葉、知ってる?』

なんて聞かれて、そんなの知るはずも無く聞き返してみたら、

『"私の心は燃えている"だよ』

って、照れ臭そうに言ってくれたのを今でも鮮明に思い出す。


あれから11年。
今年で12回目のポインセチア。

この11年間、ずーっと仲良しでいたわけじゃない。
11年も一緒にいると、
途中で何度も別れたり再びくっついたり・・・を繰り返してきている。
あたしに好きな人ができたり、でもそれは単なる錯覚だったり。
一緒に暮らそうとして一軒家を借りたけど、結果的に家庭優先だったり。
妻子ある方だもの。紆余曲折があって当たり前。
何度も別れたりくっついたりしながら、11年目の今のあたしたちがいる。
5年目を迎えたあたりから、あたしとパパとの関係が安定してきて、
その後別れ話の発端になるような事は少なくなった。
(さすがに5年続くと、あたしが結婚にこだわらなくなった@当時20歳)

だけど、そんな別れを何度も繰り返していると、
一緒に過ごしていないクリスマス・・・という年もあって。
それは家庭的な理由で不可抗力だったり、
あたしが別の男性と一緒に過ごしていたり。理由はいろいろ。
だけど、どんな状況でも毎年必ず12月24日にポインセチアが家に届く。

今年の12月24日、お昼あたしは久しぶりにゆうちゃんとデートしていた。
パパでもなければ、Bさんでもない。
パパには予めあたしは家にいないという事をちゃんと伝えていた。

けど・・・

淫らな白昼夢から醒め、
夕方出勤準備のために一旦帰宅すると、玄関にポインセチアが・・・。
お花屋さんの配達じゃなくて、お昼休みにわざわざ家に来たみたい。

サラン:『今日あたしは家にいないって言ったじゃん・・・』

パパ:『サンタさんにも都合ってものがあるからね』

パパは、どうしても12月24日にこだわりたかったみたい。
Bさんと別れた事はまだ知らない。知らせていない。
だけど、一緒に過ごせないという事は知っている。
その心の隙間に、そっとポインセチアを置いて行きたかったんだろうね。

なんて一途な人なの。
いつの時も、なんでパパはそんなに優しいの?
こんなあたしのために、なんでそんなに優しいの?

Bさんの存在も、その他にいる複数の男性(ダーリン・ゆうちゃん)の存在も、
パパは何もかもを知っているけど、ただ黙って耐えているだけ。

『今までサランちゃんには散々苦しい思いをさせてきたんだから
 今度は僕がガマンする番なんだ。だから大丈夫なんだ。それでいいんだ』

って、自分にそう言い聞かせながら。


なんであたしはパパと結婚していないんだろう。

もう離婚して独身同士なわけだから、何の障害もないはずなのに。
パパの事は、本当に大切でかけがえのない人だと思ってる。
11年間の紆余曲折を乗り越えてきた戦友みたいな感覚もある。
一緒に泣いて一緒に笑った。
お盆やGWやお正月じゃない限り、毎日あたしの顔を見に来てくれた。
仕事が忙しくてどんなに時間がなくても、あたしの顔を見に来てくれた。
パパのご家族には申し訳ないけど、本当に凄く愛されていたし、
過去形じゃなくて今でも凄く愛されていると思う。
どんな事があっても、どんな裏切りがあっても、
決してあたしの手を離さず同じ気持ちで11年間愛し続けてくれているパパ。
こんな人と結婚したら幸せになれそうなのに・・・なんであたしは・・・。

あたしに心変わりがなければ、今パパと結婚していただろうか。

たまにふとそんな事を考える時があるけど、それはやっぱり分からない。
あたしに結婚願望がない理由もそうだけど、
やっぱりパパとの結婚は考えにくい。
どうしてなのかよく分からないけど。結婚には結びつかない。
8年前までは、パパと結婚したくて仕方なかったのにね。皮肉だよ。


ありがとう。ポインセチア。
また来年も楽しみに待ってるね。


HPはコチラ ⇒ **ESCAPE**  ★★ 12/15 広島のラブホ2軒UP ★★
2006/12/27 | 不倫12年目のパパとの事
パパが離婚・・・?
ちょっと重い話になるのですが、
11年付き合っているパパが離婚した(された?)ようです・・・。

あたしもまだ詳しく分からないのですが、話を聞くところによると、
パパは1年前から従兄弟?1人にだけ自分の携帯電話(あたし名義)の番号を教え、
「何かある時だけ」という限定で、水面下で連絡(近況報告)をしていたみたいです。
で、その従兄弟が、●月●日に裁判によって離婚が成立する・・・
という事を言っていたそうで・・・。

確かに婚姻関係にありながら、
生死不明or所在不明で3年または7年経過で、裁判離婚(離婚訴訟を提起し欠席判決を得る)
または、失踪宣告(死亡とたものと見なされ無条件に離婚が成立)できるというのは知っています。

どうやらその方法で離婚が勝手に決まってしまった模様・・・?
ただ、裁判離婚という形なのか、それとも失踪宣告にて死亡という形なのかは分かりませんが。

戸籍を取れば一発で分かるんだけど、
もしも失踪宣告(死亡認定)されていたらどうなっちゃうんでしょうか・・・。

とりあえず、パパが離婚になったからと言っても、
あたしとパパの関係性は何も変わりません。

Bさんとの件もダーリンやゆうちゃんとの件も、全て分かった上で何も変わっていません。

でも、きっとパパは孤独だろうな・・・
どうしてあげる事もできなくてごめんね・・・。


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2006/10/16 | 不倫12年目のパパとの事
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